鬱気味がそろそろ底を打つ?(毒親育ちの業は深い…)

JDです。

これは私にとっては大事な心境の変化(のハズ)なので、実際にそれが起きた日を指定して、過去日付で記述(今6/19 6:17)し、投稿(6/19 06:30頃)しています。

最近の近況を書いておきます。ひどかった。とにかくひどかった。

 

 

何が起きていたかをざっくり

この一週間前後で、

  1. (6/4)夫婦喧嘩 関係が壊れると思うほどのかなり激しいヤツ。しかし復旧済。
  2. (6/5)買ったばかりのロールペンケースを汚損 一生モノと喜んでいた革製品にジュースをぶっかけてしまう
  3. (6/7)車ぶつけた 自損事故というヤツ?界隈では「よくぶつかる」と著名な柱で、所有者も爆笑して励ましてくれるという展開なのは不幸中の幸いだけど、修理費は重い。
  4. (6/9)子どもの担任から相談 少し不安定との由
  5. (6/10)職場でちょっと 別途書きます
  6. (6/10)通院した とあるメンタルクリニックに通い始めました
  7. (ずっと)何もかも捗らない …のは、ここ一月半ずっと。逸失利益はいかほどになるのだろうか。ホント提訴したい…気持ちをグッとこらえているところ。

これ以上の「連打」はあるだろうか。鬱気味総仕上げというか。

その一方で、本業や公式の場では明るく前向きにふるまわなければならないので、色々とキツかった。演じきれずに、現場でちょっと困ったことになったんだけれども(上記4. 6/10)。

5月上旬から、ずーっとずーっと停滞した日々を過ごしていたんだけれども、夫婦喧嘩辺りから、夫のストレスが爆発するに至り、私もいい加減なんとかせねばと思い、かつ、緊張のメンタルクリニック(5月中旬?から予約を入れていた)の初診を控えてナーバスになっていたし。

で、このように不幸の連打になった、と。

事業上のことは、相手(従業員)も感情があるので(ここを毒親は理解できないらしいが)、一応の解決をしても、後を引くと言うか、私の立場に疵がつくのは本当に困る。細かくても、曇りのようなものとして残ってしまうのかもしれないと思うと、憂鬱です。

子どものことは、起業の時もそうだったけれども、私が不安定になると結局子どもにそれが伝わって不安定化してしまう。これは本当に嫌なこと。

 

親子関係はやはり根本的な解決を図りたい

挙句の果てには事業上の困りごとに発展してしまうというのは、本当に社会的な生き死にに関わるので、看過しちゃダメだろうと思う。気分が落ち着いて、かつ目の前が平和になってくると、どうしても「私が我慢すれば済むことだし、そっとしておこう」となりがちだけれども。こっちはあちらに何もして欲しいと思っていない。全く付き合いたくはないのだ。司会から消えて欲しい。

…しかし、そうして平和のうちに暮らしていると、今回がそうであったように、突然の理不尽を振り降ろされて、戸惑い、心を病む。

やらねばね…。それ自体も苦痛でも、手を打たないといけない。うむ、来週のTo doに書面送付を入れておこう。夏にはイベントごとに浮かれて(何故か先方はちょいちょい浮かれている。何故か、じゃないな、罪悪感など会務なので当然なのだ。)、向こうから接触を持ってくるだろうから、平和なウチに手を打たないといけないのだ。

通院し始めたことで、自分のメンタルの土台も、補強する努力をしているし。

全ての毒親育ちにエールを!!

念のためですが、私は何も「親」批判をしたいわけではないのです(第一、私も一人の「親」だし。)。世間の親子関係の悪化を煽りたいわけでも無い(第一、私も一人の「親」だし(再)。)。

親子関係は、良いほうが良いに決まっている。毒親という観念が成立しなくなる世の中を、他でもない私こそ、望んでいます。

ただ、毒親問題というのは、性質上、口を閉ざすことを最初から組み込まれてしまっていて、それが問題を根深くしています。人に言えない、自分が悪いと思いこむ、あるいは自分が悪いのだろうかと問い続ける、言語化を避けてしまう、問題の所在が誤魔化され続ける、いつまでも解決しない…。

そこが問題だったと、自分自身で看破できるようにならないと(そこまでがまず大変なのですが)、問題の切り分けすらできないまま、生き辛い人生を送ることになります。

はー。ホント、この問題に触れると書いても書いても、気が済むことはない。

取り敢えず、メンタルクリニックに通うことで、治療的なことが功を奏することもあるかもしれないし、私の場合は、駆け込み場所を得ることそのものが、気分の下支えなると狙ったし、実際そのように機能している気がします。

どのブログでも、どのアカウントでも、親の事には触れたくないのですが、残念ながら、リアルな心情・近況を書こうとすると、「今は」それなしには語れないのです。悪影響が凄すぎて。

「いい歳して、いつまでも根に持って…」などと浅はかなこと言う人は、取り敢えず巌窟王(モンテ・クリスト伯)に謝って下さい。

 

見えなくても確実にいる、毒親育ち

ちょうど、つい昨日(これを書いている6/19の前日つまり6/18)も、まだ学生さんの、毒親育ちの方にTwitter上で出会いました。毒親育ちであることは、公言しにくい。

毒親育ちの棲息地に日本が選ばれている理由として、庶民的に普及している儒教思想の改悪があります。「年長者尊重」「親尊重」を脊髄反射させることで、毒親育ちであることを言い出しにくい土壌ができているのです。これを都合よく利用しているのが毒親というわけ。真面目で謙虚、控えめな子ども程、この罠にかかるので、悲しい生き方になる。私はその辺の要素が少な目だったので、見事、公言することに取り掛かりつつありますけども。とはいえ、他の毒親育ちの力になりたいのであって、相手側を攻撃する意図ではないので、実名では大々的には言いにくい…結局リアルの友人・知人にはあまり言えてない状況は有りますけれども(そこがやっぱり相手の横暴を許す助けになるので容赦無用ではないかなとも思いつつ…)。

そんなわけで、LGBTではないですが、カミングアウトしないだけで実は周りにけっこういたりするものなので、あなたの周りにもいるかもしれません。

できれば「毒親育ちじゃない」人から「毒親育ち」の人に言わないで欲しいこと

ありがちなのが

  • 「そんなまさか」にわかには信じがたいみたいな空気(けっこう激しい虐待を伴ったり、逆に、名状しにくい「冷たいかかわり方」ばかりだったりするので、話を聞いただけでは飲み込みにくいことは分かるけれども…))
  • 「子どもを愛さない親はいない」これ最悪。実際問題、そういった親も山ほどいることを無視していて、そもそも事実に反している。事実に反したことを言ってまで、目の前の人(友人なんじゃないの…?)の発言を翻意させよとするというのは、ちょっと…。全くの善意、全くの育ちの良さからきているんでしょうが、それだけに、何も言えないです。
  • 「教育熱心なんだと思うよ」「かわいがられてるじゃない」多干渉で支配的、というのも毒親の典型的なパターン。自分への評価(良い父親・良い母親)のための道具として子どもを使役するのが毒親の定義と言っても良いぐらいの核心部分です。外形的には本当の教育熱心な親御さんと区別がつきにくいことが多く、返答に窮する…というか、相談する心が、この辺りで折れがちです。

「正直めんどくせーな」と思ってるんだったら、いっそ清々しい。

その場合、さっさと明言していただくか、可及的速やかに距離を取って頂いた方がお互いのために良いかもしれません。

そうでなければ、上記のような話は、一旦待っていただいて、もう少し話を聞くか、様子を見て頂けると、それだけでも力になります。

将来は貢献したい

将来は、法律家として資格を取ることもそうだけど、業務の中でできるだけ手助けになることを意識したり、もし余力ができることがあるなら、そのための活動を何かはじめたいと思っています。

江戸の敵は長崎でとりたい。

怒りを、前に進む力に変えるタイプです。

 

 

以上、JDでした。

 
▼子どもの頃に読んだことがあるけど、子ども版だったのかも。改めて読みたくなって、ポチった。

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▼米国の専門家による本。「マトモ」な人たちにはおよそ信じがたい、思い付きもしない、「良心」をもたない人たち…サイコパス・ソシオパスについて書かれています。評価が高いだけある。

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投稿者: JD / ジェイド /

ジェイドと呼んで下さい。 ワラジ履きまくってます。 家族最優先。 得られなかったぴかぴかメダルを獲得するための戦いの最中。起業・サラリーマン経験あり。 文字を書くこと、文字を読むこと、どちらも中毒的に大好き。 (2016/3/10更新)