大変だった頃のこと(3) 子産み女は退職勧奨を味わう

JDです。

ブログ界では禁じ手(たぶん)の自分語り。少しは必要だけどやり過ぎると嫌われる自分語り。手を出してみちゃう。

一番大きいのは自分に発破をかけるため。

それと自己紹介。

 

 

シリーズ「大変だった頃のこと」

だいたいこういう予定です。

  1. イマドキ企業の24階で法務屋をしてた頃のこと(3/27)
  2. 一般職化して旧時代の「普通の幸せ」を夢見た頃のこと(4/3)
  3. 【今回】結婚妊娠出産 + 異動 で退職勧奨状態を味わった頃のこと(4/10)
  4. 今思えばガラスの天井 待ち切れずに独立起業した頃のこと(4/17予定)

江戸の敵は長崎で獲っていこう!と。そういう考えであります。

再び地獄を見るの嫌なので、法律資格取得のモチベーションを確たるものにしておきたい。先への備え。そして心のデトックスしたい。もうね、こんなの性格歪むわ!っていう時期もありましたのでね。

今回は、まさに、性格歪みそうな、サラリーマン時代最後の年月のこと。

 

愛ある上司の庇護を離れた瞬間、飛ばされた。

前回の頃までは、少々燻り感は出ても、ほのぼの幸せに暮らしてたんです。引っ張ってくれた上司に感謝。

皆、世の中の人は大企業に正社に勤めれば安泰と思ってるかもしれないけど、それは古典的日本企業のことで、大企業でもそういうカルチャーじゃないところは、そうじゃなかったと言える。つまり、私の勤め先は、社内にあっても生き馬の目を抜きまくらなければならず、市場原理的なものがあった。

勢いよく働いているうちは、重用もされるし、社内リクルートみたいなことにも遭遇して希望の職場に就けたけれど。それが下りのエスカレーターだったなら、次は無い、ということだった。

それでも、それも想定してなかったわけじゃない。

ホントは早いとこ妊娠、産休、育休入りして、リフレッシュしつつ子どもを育て、育ってきたらまた第二のキャリアを…とかなんとか思ってたけど、意外と妊娠って簡単じゃなかった。当時30歳前だったけどね。

 

しかも、妊活の真っ最中、大きな異動を食らったのでした。

 

異動先は修羅の道だった。

これほどキャリア × 適性ガン無視の異動があるもんですかね。

 

管理部門 × 専門職 × 総合職

↓を歩んできた私が↓

営業部門 × ルーティン × 一般職

え、全部逆に振った?

っていう。

懲罰人事でないならよくぞこんなことしてくれたよね、と今でも激オコなんですが、あの会社、元々ちょっとひずみがあって、中間管理職の素養にバラつきが大きかった。後任の上司がまあ酷くて、、

 

異動後の部署は、マァ凄かったです。

色々暴露してやりたい気持ちでいっぱいですが、冷静に考えると書けない事ばっかりです。

法的に問題がないことでも、道義的にそのぐらいのことしたってバチは当たるめェ、ってことでも、思い出そうとすると心に蓋がかかって駄目だ。

ううーん。

発奮材料にしょうと思ったのに。

心の強い日に、追記で対応したいと思います。

 

シリーズ毎週日曜20時更新:「大変だった頃のこと(4)」に続く…

 

 

 

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投稿者: JD / ジェイド /

ジェイドと呼んで下さい。 ワラジ履きまくってます。 家族最優先。 得られなかったぴかぴかメダルを獲得するための戦いの最中。起業・サラリーマン経験あり。 文字を書くこと、文字を読むこと、どちらも中毒的に大好き。 (2016/3/10更新)